中小企業の社員はなぜ辞めない
企業における採用難と社員定着の課題について解決策を考えたとき、中小企業にそのヒントがあるように思います。中小企業の社員はなぜ辞めないのか。私が着目したのは「他人」という関係性と中小企業だからこその「小さな社会」の2つのポイントです。
中小企業で働く人はなぜそこに居続けるのでしょうか。望む条件を得るだけの能力がないとしても、選び得る選択肢の中には条件的に現状よりもっといい企業が星の数ほどあるにも拘らず、そちらに移ることをしない理由とは何なのでしょう。確かに自分の欲求や都合でなく、他人の欲求や都合を満たすためにすることが仕事の前提な以上、どんな職、どんな職場にあっても不満がないなどということはありえません。言わばビジネスマンにとって働く中での不満と如何に折り合いをつけるかは永遠の課題なのです。しかし、それでもこの課題が転職しない理由にはならないはずです。
今の環境や評価、待遇を捨てて新天地に臨む勇気がない。あるいはもっと単純に文句を言いつつも現状に甘んじる方が楽。今日と同じ明日が来ると信じて生きている人たちにとって、変化や不確定な将来は大きなストレスということもあるでしょう。転職を勧めているわけではありません。目の前の仕事へ毎日懸命に臨むことは、青い鳥症候群を患ってありもしない理想の職場を夢見て転職を繰り返すより、よっぽど尊いことなのは間違いないのです。
そんな風に考えながら他社における社員の定着率を見た時、一般的な50人未満の規模の中小企業に比べて、明らかに企業規模も待遇もよい企業であっても、3ヶ月の間に20人もの社員が辞める企業もある事実を目の当たりにします。なぜ大きな企業ほど人は辞めやすく、中小企業ではかえって定着率が高いのでしょうか。
いつの頃からか「プライバシー」という概念が流行り出し、他者への関わり合いを深めようとしない方がよいという風潮が漂っています。もちろん人との関わり合いには礼儀と節度を忘れてはなりませんが、かつて盛んにされていた飲み会、親睦会、社員旅行などの催し物は、今となっては経済的な負担や余暇時間の圧迫が理由にされて廃れてきており、若者の中には「飲み会に残業は出ますか?」などと言い出す者も現れる始末。そして、その傾向はコンプライアンスやハラスメントに敏感な大きな企業ほど顕著に見えます。その一方で、社内の催し物の反対派の急先鋒である若者たちが、素知らぬ顔で友達同士の飲み会に繰り出す事実があるわけです。会社のイベントに参加するのは嫌で、友人たちとの交流は大歓迎なのはなぜなのでしょうか。私はここに疑問の答えがあるように思いました。
彼らの社会人としての日常をつぶさに見るとき、社内での生活が基本同僚たちとの関わり合いが薄く、限られた接点においても決して心地のいい接触ではないのが散見されます。彼らにとって同僚たちは異星人にも等しいような価値観の異なる「他人」との同居のようなのです。
この点、中小企業の場合は少し違った様子を見ることができます。「朝出勤してきた同僚の顔を見れば昨晩どんな夜を過ごしたのか、それこそ些細な夫婦喧嘩の模様でさえ容易に想像できる」、そんな何もかもが筒抜けの村社会のような濃密な人間関係がそこにはあるのです。「自分がいなくなってしまったら誰がどんな苦労を負うことになるのか」、そんなことが容易に目に浮かぶ環境。だからこそ、中にいる人間たちはこの村社会の人間関係の中に縛られ、抜け出せなくなってしまう。そんなことがあるのではないでしょうか。そしてそれこそが「中小企業の社員はなぜ辞めないのか」という問いのアンサーに思うのです。
ひとたび村社会に取り込まれてしまうと「他人」だった同僚たちは一転、家族よりも濃密な付き合いをすることになる「親しい隣人」に変わります。「プライバシー」への気遣いによって社内での社員同士の交流が薄くなり、いつまでたっても互いが「他人」のままよりも、「プライベートを大事にしたいんで」などという反論に怯むことなく破顔一笑のもと、「だってお前がいた方が楽しいじゃん!」と、古風な社内イベントに誘う方が実は定着のカギなのかもしれません。